事務所便り

令和8年3月号

着替え時間は労働時間か?

 最近、顧問先よりよくご質問を受ける「着替え時間」は労働時間なのかという疑問についてどのように判断すればよいのかを解説します。

■ 労働時間かどうかの判断基準

 労働基準法上の「労働時間」とは、一言で言えば「会社の指揮命令下に置かれている時間」を指します 。これは就業規則の定めに左右されるものではなく、客観的な実態で判断されます 。
 具体的には、以下のいずれかに当てはまる場合、着替え時間は労働時間とみなされる可能性が高くなります。
   • 義務付け 会社から制服や作業着の着用を指示されている 。
   • 場所の拘束 「社内の更衣室で着替えなければならない」と場所を指定されている 。
   • 必要不可欠性 衛生管理(食品工場など)や安全確保(防護服など)のため、その場での着替えが業務遂行に不可欠である 。

■ 注目すべき二つの裁判例

 実務を考える上で、対照的な二つの判断を知っておく必要があります。

① 労働時間と認められたケース(三菱重工業事件)

 最高裁は、作業服や保護具の装着を義務付けられ、更衣室での着替えを余儀なくされている場合、それは業務の準備行為であり、労働時間にあたると判断しました 。
 一方で、最高裁はすべての付随的な時間を労働時間としたわけではありません。例えば、入退場門から更衣室までの移動時間や、終業後の入浴・洗身の時間については、それが業務遂行と密接に関連し、使用者から義務付けられていない限り、労働時間とは認められないとしました 。「業務」と「準備・後始末」の境界線を、指揮命令の及ぶ範囲によって峻別したのです。

② 労働時間ではないとされた最新ケース(2025年 西日本高速道路サービス関西事件)

 労働時間ではないとされた根拠として第一に、制服の特性があります。当該企業の制服が、社会通念上そのまま通勤に利用しても支障がないデザイン(シャツ、ブルゾン、ズボン等)であったことが重視されました 。第二に、場所的拘束の不在です。会社が更衣室での着替えを強制しておらず、自宅で着替えて出勤することを許容していた実態が認められました 。この判決は、最高裁の法理を維持しつつも、「物理的な着替えの必要性」と「場所の選択の自由」という二つの側面から、指揮命令下の有無をより厳格に評価し、更衣時間は労働時間ではないと判断されました 。

■ 放置した場合の経営リスク

 「たかが数分の着替え」と軽視するのは危険です。
   • 未払い残業代の累積: 1日10分の着替えも、全従業員分を3年間遡れば数億円規模の請求に発展する恐れがあります 。
     例:時給2,000円×1.25×10分×240日×1,000人=年間約1億円 。
   • 是正勧告による社会的信用低下: 労働基準監督署からの是正勧告を受ければ、企業名が公表されるリスクや、採用力の低下を招きます 。

■ 人事担当者がとるべき「現実的な対策」

対応方法としては、以下の3つの方法が考えらえます。

 ●ステップ1:打刻ルールの適正化(最も確実な方法)
 「着替えの前に打刻し、着替えが終わってから退勤打刻する」運用を徹底します 。これにより未払いリスクを完全に排除できます。

 ●ステップ2:標準時間の一律加算(効率的な方法)
 個別の着替え時間を測るのが難しい場合、実態調査に基づき「一律1日10分(前後5分ずつ)」を労働時間に加算するルールを設けます(イケア・ジャパン等の導入事例あり) 。

 ●ステップ3:場所的拘束の撤廃(コストを抑える方法)
 「制服通勤を許可する」「自宅での着替えを推奨する」旨を就業規則に明文化し、更衣室の利用を「任意」にします 。ただし、衛生上持ち出し厳禁の作業着等の場合はこの方法は使えません。

 着替え時間を労働時間として認めることは、単なるコスト増ではありません。それは同時に、その時間を「職務に専念すべき時間」として、会社が厳格に管理・指導できる権利を得ることを意味します。ダラダラと着替えながら雑談している社員に対しては、「労働時間である以上、速やかに準備を整えるように」と業務命令を下すことが可能になります。もし改善されない場合は、職務専念義務違反として指導・処分の対象とすることも検討できます。

 業務において制服等に着替えさせている会社においては、あらためて労働時間に該当するかどうか検討したうえで、対策を実施しましょう。
 なお、ご相談については、弊所でも承っております。

弊所よりひと言

 先日、前駐日全権大使の方の講演を聞いてきました。その中で、印象に残った言葉がありました。「戦略なき日本」という言葉です。政治家も含めて日本人には戦略的思考ができない。その理由を以下のようにおっしゃっていました。

 日本において戦略的思考が育たない理由は、学校教育で政治や国際問題について主体的に考えることを「タブー」としてきたため、義務教育では「みんな仲良く」 「喧嘩はいけません」と教え、高等教育ですらも国際政治への向き合い方を教えない場合がほとんどです。結果、戦略的思考のない空間で純粋培養された日本人が、各国が戦略を巡らせている世界に投げ出されてもその場その場の対応に終始してしまうのです。

 少し話が飛躍しますが、社労士的視点で考えると、問題社員や勤務態度不良の社員に対して、辞めてもらいたいと考えているときに、戦略的な思考で対峙している人はほとんど見ません。どちらかと言えば感情的です。決して、辞めさせるために嫌がらせをするということではなく、どうすれば円満に雇用契約の解除が可能なのかという「戦略的な思考」ができるか、それが大事なのではないかと改めて感じました。

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